論説 No.1(2005.10)
渡辺 治(一橋大学教授)
9.11総選挙の結果と憲法改悪
はじめに
9.11総選挙の結果は、国民に甚大な衝撃を与えた。こんなに自民党が大勝するとはと思った人も少なくないのではないか。本稿では、総選挙結果をふり返りなぜ自民党は大勝したのか、その結果は政治とりわけ浮上する改憲にいかなるインパクトを与えるかを検討したい。
結論をあらかじめ述べておきたい。
第一、今回総選挙での小泉自民党の勝利は決して偶然ではなく、小泉の意図したものであり、小泉の企てが成功した背景には、構造改革による大企業本位の景気回復を支持し小泉に改革の加速化を期待する大都市部の大企業ホワイトカラー層を中核とするする分厚い上層の形成が見られる。
第二、総選挙の結果、構造改革の急進的実行の妨げとなってきた自民党内抵抗勢力、参議院などは改変・後退を余儀なくされ、また民主党も変貌した結果、構造改革の加速化態勢ができ上がった。
第三、その結果、総選挙後、構造改革やその集大成としての改憲が加速化することは必定だということである。
1.総選挙の結果は何か
まず総選挙の結果を簡単におさらいする。
第一は、自民党の大勝である。自民党は、296議席を獲得し、公明党の31議席と合わせると衆院の三分の二を上回る327を獲得した。しかし、議席面での文字通りの圧勝状況だけ見ると正確さを欠く。比例区の得票で見ると、自民党は2589万票、38.2%を獲得したが、民主党も、2104万票、31%であるから、得票差は485万票にすぎない。比例区での得票を基礎に、比例代表選挙であったならば、どうなるかを見ると、自民党は183議席、民主党は149議席、共産党は35議席、社民党は26議席となる。この得票率と議席のギャップは、よく言われるように小選挙区制の害悪である。
第二の結果は民主党の敗北である。とくに、民主党は躍進の原動力であった大都市部での後退、自民党への敗北が響いた。農村部でも自民党の停滞や得票減を民主党に獲得できなかった。
第三の特徴は、共産党や社民党という、憲法改正や構造改革に反対した政党が停滞し、票の固定化がみられたという点である。固定化というのは、両面がある。一つは、何があっても崩れない固い支持層があるということである。二つ目はその裏側だが、票が伸びていないということである。過去四回の衆院参院選では、社民、共産票は合わせて750?860万票、13?14%を推移している。共産、社民の票は、政局と関係なく固定化しつつあることが分かる。
その結果、政治改革以来、支配層が切望してきた保守二大政党制が確立を見たといえる。今回は自民党の圧勝だが、自民党が構造改革で支持を失えば民主党が、それがこければ自民党がという振り子現象が確立しつつある。
2.なぜ自民党は圧勝したのか?
では一体なぜ自民党は圧勝したのか、その原因を検討してみたい。客観的な要因と小泉首相による主体的な要因がある。
(1)構造改革への大都市部市民上層の期待票の獲得
小泉自民党圧勝の最大の原因は、小泉政権の四年間で小泉の強行する急進的な構造改革路線への大都市部上層の期待が高まり、従来構造改革の実行を期待して支持を寄せていた民主党票を奪ったことにある。それに加えて、構造改革により打撃を受け、小泉自民党に不信を強めているはずの農村部での得票の減少が最小にとどまったことがあげられる。
その内部を少しくわしく見ると要因が浮かび上がる。大都市部での票の伸びといっても、住宅地地域の伸びが大きいことから票の伸びは上層に依存していることが推測される。上層のホワイトカラー層は、構造改革による景気回復に期待を寄せ、さらなる改革のスピードアップを小泉自民党に期待した。それに対して同じ大都市部でも、中間層から下層では小泉自民党への支持は、増えてはいない。これら都市自営業層や下層は自民党の伝統的支持基盤であったが、この間の構造改革でこれら支持層は自民党から離反をはじめており公明の支持無しでは勝てなくなっている。
つまり、小泉自民党への票は、大都市部の上層の票を総取りした結果であって、決して階層横断的に票を集めた結果ではないという点が重要である。
小泉自民党勝利のもう一つの要因は農村部での票の目減りを最小に抑えた点にある。確かに小泉自民党は構造改革の強行によって農村部の不信を買い、大都市部の票の伸びとは逆に、自民党支持票の目減りを招いてきた。しかし、こうした目減り票は民主党や共産党、社民党には流れなかった。受け皿のない不信票は結局自民党にとどまっている。
(2)戦術面での勝利-小泉の総選挙での二つのねらい
小泉の戦術が功を奏したことも見逃せない第二の要因である。小泉は、郵政民営化の参院における否決を見越して早くから総選挙を構想していた。小泉が選挙で獲得することをめざした狙いは二つあった。
一つは構造改革のスピードアップであった。これは財界が小泉を支持し続け、期待している最大の課題であった。小泉はその期待に応えるべく、総選挙の争点を、構造改革を加速するか停止するかの一点に絞ったのである。すでにグローバル企業の競争力強化をめざした構造改革により、大企業本位の景気の回復は進んでいる。小泉はその「実績」を踏まえ改革で利益をうる大企業のサラリーマン層にターゲットを絞り、郵政民営化を「構造改革の本丸」と位置づけ、改革を停止するか前進させるかの選択を迫ったのである。
第二のねらいは、構造改革の急進的実行の障害物となっている自民党内抵抗勢力や参議院を撃破することであった。小泉は、郵政民営化を素材に、あえて党内抵抗派を挑発してあぶり出し、公認を与えずに、対抗馬を「刺客」として送り込むことによって、これを敢行した。
3.小泉自民党大勝で改憲はどうなる?
こうした小泉自民党の圧勝の結果、政治は、とくに憲法改正や構造改革はいかに変化するのであろうか?最後にその点を検討しておきたい。
(1)構造改革推進体制の確立と構造改革の加速化
総選挙が政治に与える第一の結果は、構造改革に対するさまざまな抵抗帯が今度の選挙で撃破され、構造改革推進体制ができ上がったことである。
その一つは抵抗勢力の牙城であり、悪法を通す際の最大の抵抗帯であった参院の力が激減したことである。衆院で与党が三分の二を占めた結果、参院の屈服が始まった。今後、軍事大国化関連であろうと構造改革関連であろうと、参院で抵抗するのは大変むずかしくなった。
二つ目は、自民党の構造改革党としての変貌が加速したことである。自民党は、もともと分散的で党執行部の威令の効かない党であったが小選挙区比例代表制の導入によって党の中央集権化が進んだ。公認と政党助成金を執行部に握られたからである。党の公認をもらえなければ定数一の小選挙区ではほぼ確実に敗けるからである。今回の小泉選挙はこうして進行する党権力の強化と中央集権化を一気に進めた。
三つ目は、公明党の比重が落ちたことである。公明党は政権目当てで構造改革の大枠には賛成してきたが、大都市の下層や自営業層という支持基盤との関係で、その急進的実行には自民党議員以上に消極的であった。公明党の比重低下が、構造改革の加速要因となることは間違いない。四つ目は、民主党の後退である。これまで、構造改革関係の悪法では、民主党議員の役割は小さくなかった。民主党が反対に廻れば、与党は強行採決を余儀なくされたから、悪法をとどめたり、複数ある悪法の一つを葬ったりすることができた。ところが、今度の総選挙での民主党の後退は、こうした抵抗帯としての民主党の役割の低下をもたらした。おまけに、民主党は今回の総選挙の敗北を、構造改革の推進競争で自民党に負けた結果であると総括し前原を立てて保守第二党化を進めている。今後構造改革、軍事大国化、憲法改正のいずれの点でも、民主党がより「現実化」することは間違いない。
(2)憲法改悪の加速化
こうした構造改革推進体制の整備は、財界や保守勢力がいよいよ本腰を入れ始めた改憲にも大きなインパクトを与えることは確実である。
第一に、衆院で自民党公明党だけで三分の二の多数が結集されたことは改憲のハードルを下げるのに大きな影響を与えている。確かに自民党、公明党だけでは、参院で三分の二の多数は獲得できないし、また自民党も民主党をおいてきぼりにして改憲ができるとも思っていない。しかし、この力は、民主党に大きな圧力となる。現に、総選挙後の憲法調査特別委員会の設置について、民主党はさしたる抵抗もせずにこれを受け入れている。ここで、来年通常国会には、国民投票法案が上程されることは確実となった。
しかも
第二に、自民党内の高齢議員が引退あるいは交代し、新人議員はいずれも構造改革推進、改憲賛成であるため、議員内の改憲派の比重が高まった。朝日新聞のアンケート調査では改憲賛成派が著増し、自民党では96%、民主党でも73%を数えるに至っている。
第三に、先に述べたように、民主党の新代表に改憲派の前原誠司が就任し、また幹事長にこれまた党内きっての改憲派たる鳩山由紀夫が就任したことは、民主党の改憲への積極的な姿勢を加速するであろう。
以上のような選挙後の情勢の下では、改憲のスケジュールの加速化を生むことは間違いない。すでに、この総選挙前、自民党は、今年11月の党大会での憲法改正案の提案をにらんで、8月1日には「新憲法第1次案」を発表した。これに前文と新しい人権を付加えて、10月28日には、自民党は新憲法案の発表を予定している。それをふまえて、来年通常国会ではまず国民投票法を成立させ、民主党の改憲案の発表を待って、2007年通常国会には、改憲案をというのが、保守勢力のもくろみである。憲法擁護の闘いにも、いよいよ正念場がやってきた。
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