<事務局学習会の報告>
2006.7.20に開催された「九条科学者の会」事務局会議に 立正大学金子勝教授(憲法学)においでいただいて、「『九条科学者の会』の発展のために」と題するお話しを伺いました。これは当日のお話しを、金子先生のレジュメにそって事務局で整理したものです。
「九条科学者の会」の発展のために
講演 : 金子勝立正大学教授(憲法学)
T 情勢
1. 改憲勢力のうごき
(1)2005年11月22日、自民党は日本国憲法を廃棄し、新しい憲法を制定することを狙う「新憲法草案」を決定した。結党(1955年11月15日)以来の50年に及ぶ改憲執念の結実である。
(2)自民党「新憲法草案」が決定されて以降、この「新憲法草案」の内容を先取りする政治が、自民党・公明党によって(民主党の協力によって)実行されている。
(3)その政治は、第二次世界大戦前の大日本帝国の『現代版』を作ろうとしている。
a. 「新憲法草案」は 大日本帝国憲法の『現代版』作り。
b. 教育基本法の「改正案」は「教育勅語」(1890年10月30日公布)の『現代版』作り。
c. 「共謀罪」を創設するための「組織的犯罪処罰法改正案」は「治安維持法」(1925年3月19日制定。1928年6月29日改正公布、死刑・無期追加)の『現代版』作り。
(4)民主党は、2005年10月31日に「憲法提言」を決定。表現は違うが、方向は自民党「新憲法草案」と同じである。2006年に「憲法改正草案」を発表することを決定している(2004年2月4日)が、無理と思われる。
(5)公明党は、2006年9月30日の「党大会」で、「加憲案」を発表する(2005年11月5日決定)としていたが、先送りを決定した(2006年7月12日、憲法調査会)。「国民投票法案」が成立した後が、1つの目処となっている(太田昭宏 憲法調査会座長)。
2.自民党「新憲法草案」の内容
(1)日本国憲法にある「第二章 戦争の放棄」のタイトルを放棄して、戦争が前提となっている「第二章 安全保障」のタイトルに変える。
(2)日本国憲法「第九条」の「第一項」は残す。
* 歴代内閣と自民党は、「第一項は、自衛戦争は放棄していない」と解釈している。自衛戦争ができれば、すべての戦争が可能となる。この解釈のもとで第一項を残すのは「(すべての)戦争ができる根拠」作りのためでもある。
(3)日本国憲法「第九条」の「第二項」(戦力の不保持)を削除して、自衛軍をおく。
a.我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣 総理大臣を最高指揮者とする「自衛軍」を確保する(草案第9条の2、第一項)、としている。
b.自衛軍は、在米軍司令部の統制を受けて、国会の承認のもとに活動する(草案第9条の2、第二項)。*自衛軍がアメリカ軍の統制下におかれることを憲法が宣言する!
c.自衛軍は、三つの活動ができる(草案第9条の2、第三項)。
イ. 日本の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するための活動(日本を防衛する軍事活動)。
ロ. 軍事的国際協力のための活動。
ハ.「緊急事態」への対処活動
* 自衛隊の海外派兵、集団的自衛権(自国に無関係な同盟国に対する攻撃を、共同で軍隊を以って反撃する国家の権利)の行使、アメリカや世界中の国との軍事同盟の締結、国連軍やアメリカ主義の多国籍軍への参加が可能となる。
* アメリカと日本の政府に反対する国民の運動は、政府によって「緊急事態」とされれば、自衛軍によって弾圧する軍事活動も可能になる。自衛軍による国民の殺害も可能となる。
* 限りなき「軍拡」が可能となる。軍事費は限りなく拡大する。
(4)国民に対しては次が義務として課せられる。
a. 国や社会を、気概をもって自ら支える責務。
b.国際社会での圧政や人権侵害を根絶させるための不断の努力(草案「前文」)。
* 愛国心教育「日の丸・君が代」強制(学校、家庭)、学校・地域での軍事訓練と避難訓練、徴兵、徴発(戦時における国家による物資の強制取り立て)、徴用(戦時における国家による労働力の強制取り立て)など、が可能となる。
(5)軍事に関する裁判を行う「軍事裁判所」を設置する(草案第76条第三項)
* 国家機密法、軍事監獄、憲兵(military police)が作られ、軍と戦争を批判する者は処罰される。特別高等警察(「特高」)も作られる。
(6)日本国憲法にある「公共の福祉」(全社会構成員の幸福)は「公益及び公の秩序」(国家・社会全体の利益及び国家の定める秩序)に置きかえられる。「公益及び公の秩序に反しない限りの国民の自由・権利の保障」となる。(草案第12条)。
* 現行憲法の「公共の福祉」とは
・ すべての人に基本的人権が保障されることが、「公共の福祉」。
・ すべての人に基本的人権を保障するために、社会的強者の基本的人権を社会的弱者の基本的人権のために制限する原理。
*自民党草案の「公益及び公の秩序」とは
・「公益及び公の秩序」を守るという名目で、基本的人権の制限・剥奪が可能となる。日本は基本的人権のない国になる。
(6)「象徴天皇制は、これを維持する」を設置している(草案「前文」)。
* 象徴天皇制廃止論を封殺し、天皇神聖を狙い、天皇「元首」を狙い、「天皇中心の日本」を作ろる。
3.日本国憲法が変えられたら何が生じるか
(1)国家が変わる。
a. 対外的には、戦争しない「平和国家」から、「日米安保条約」体制に基づいて、アメリカと一体化して、アメリカ(主目的)と日本(副次的)の「国益」(国家と大企業の利益)を守るために、世界中で侵略戦争を行う「対米従属的戦争国家」となる。
b. 対内的には、国民に軍事暴力を行使しない「平和国家」から、基本的人権と民主主義を封殺して、国家に反抗する国民を軍隊で殺害する「暴力国家」になる。
(2)基本的人権と民主主義が存在しない、戦争至上主義と天皇中心主義が国是となる日本となる。
「新憲法草案」のねらいは「大日本帝国憲法」の『現代版』作り、「『安保』憲法」作りである。
-----------------------------
(A)「日本国憲法」の「姿」
a.如何なる国にも脅威を与えず、
b.如何なる国とも対等につき合い、
c.世界中から、貧困・病傷者・文盲・飢餓などを絶滅させる活動を行う国。
d.国民が、軍隊と戦争がなく、自由に・平等に・豊かに生きることができる国。
非武装・非戦平和主義(前文・ 第九条)の上に
・非武装・非戦平和・平和的生存権
・国民主義・民主主義・基本的人権・地方自治
・非武装・非戦国民+非武装・非戦国家+非武装・非戦自治体
が築かれる。
-----------------------------
(B) 「新憲法草案」の「姿」
「日米安保条約」+「新憲法草案」によって
・軍国主義
・戦争至上主義+天皇中心主義
・戦争国家+戦争自治体+戦争国民 がつくられる。
-----------------------------
U.「『安保』ファシズム」への道
1「安保ファシズムへの道」のこれまで
1)ソビエト社会主義共和国連邦の崩壊、ヨーロッパ社会主義国の崩壊により資本主義の止揚体が“雲隠れ”。国民の資本主義体制への回帰化が進んだ。
「グローバリゼーション」による国民の分裂化と棄民化。
* 1960年の「安保反対闘争」による岸内閣の総辞職(1960年7月15日)以来の日本2)支配層による国民の分断化政策が、これらと合流した。
a. 「橋本連立政権」(1996年11月7日成立)による「橋本行政改革」(1996年11月28日開始)。
b. 「小泉自民党政権」(2001年4月26日成立)による「小泉構造改革」。
3)「細川連立政権」(1993年8月9日成立)による「政治改革」によって、「小選挙区比例代表並立制」が導入された(1994年1月29日)。
a.革新野党の溶解化 ― 国会と国民の分断化の出現。
b.二大政党制志向化による議会制民主主義の崩壊化。
4)「グローバリゼーション」による労働組合の無力化。正規社員主義・企業別組合主義の日本の労働組合の無力化。民衆の手による「改革」と「革命」の道の分断化が成立。
5)2005年9月11日投票の「第44回衆議院議員総選挙」における新事態。
a. 与党政党の独裁化
イ 自民党の総裁独裁型政党化(党内民主主義の消滅化)。
ロ 公明党の池田独裁政党化。
ハ 小泉チルドレンはヒットラー・ユーゲントの一形態か。
b. 5つの全国紙とNHKと東京民放テレビ「キー局」の小泉自民党翼賛メディア化。
イ ジャーナリズムの原点(真実の伝達役・権力の監視役)の放棄。
ロ 日本のマス・メディアの転換点の画期。
c. 民衆によるファシズム的心情の形成化。
*「小泉構造改革」の被害者(所謂「負け組」)が、自己をその被害者にした主人役の小泉氏に期待して、自己の「棄民化」から脱却を狙った。「第44回衆議院議員総選挙」において、自民党は、比例代表区の得票数を前回の総選挙の時より、500万票増加させた。 (非正規雇用者:400万票 ・ニート: 80万票)
2.「安保ファシズムへの道」のいま
1)「改憲」による「戦争国家」・「暴力国家」作り。
a.「1996年日米安保条約」体制に基づいて、アメリカに服属して、世界中で侵略戦争と制裁戦争を実行する「対米従属的戦争国家」の創建。
b.国家に反抗する国民を軍事暴力で弾圧する「暴力国家」の創建。
2)侵略戦争を進めるために、基本的人権や地方自治や国民主権とそれに基づく民主主義を抹殺する憲法を作る。
3)侵略戦争を進めるために、行政権力専制型統治機構を作る。
a.内閣総理大臣への無制限の解散権の付与(草案第54条)。
b.政党の国家統制化(草案第64条の二)。
3.「ファシズム」の由来と特徴
1)「ファシズム」:fascism, fascismo. イタリア語のfascio[棒の束]から、全体主義の意味になる。
2)「ファシズム」は資本主義体制の危機に直面した時に生まれた。
イタリア ― 1922年10月31日のムッソリーニ・国家ファシスト党政権の成立。
ドイツ ― ヒットラー・ナチス政権の成立(1933年1月30日)。
日本 ― 1940年7月22日の第二次近衛文麿内閣の成立、
1940年10月12日の「大政翼賛会」の成立。天皇制・軍部ファシズム。
3)「ファシズム」は、民衆に対して「改革」や「革命」の実行を言いながら、民衆による「改革」や「革命」の道を遮断し、「反動的反民主的改革」や「反革命」を実行する政治体制であり、「平和」を言いながら「侵略」を実行する政治体制である。
a.対外的には、他国と他民族に対する侵略主義と排外主義と抑圧主義を実行する。
b.対内的には、国民主権とそれに基づく民主主義や基本的人権や地方自治や議会政治(議会があっても)を抹殺して、暴力的・イデオロギー的独裁を実行する。
4)「ファシズム」は、最初は多くの国民にとって、苦痛ではない。快い面を持つ(「改革」を主張する。腐敗を糾弾するなど)。「『安保』ファシズム」も同じ道をとる。
4.「安保ファシズム」の姿
1)安保ファシズムとは
a.対外的には、世界中を横行するアメリカ(主目的)と日本(副次的)の「多国籍企業」を防衛・支援するための対米従属的侵略戦争を世界中で展開するために、
b.対内的には、「多国籍企業」と「大資本家」の繁栄化を保障する弱肉強食主義社会を維持するために、1996年日米安保条約」体制に基づいて作られるもの。
2)「『安保』ファシズム」の標識
T.a. 強大な軍事・警察・官僚機構を柱とする中央行政権力専制型統治機構と
b.反対派のいない「安保」翼賛議会を持ち、また、
c.ファシズム化した多国籍企業型大企業を持ち、
U.反民主化・新権力化したマス・メディアや労働組合や宗教団体を協力隊として持ち、
V.「安保翼賛政党」と「安保翼賛内閣」を持ち、
W.天皇をそれの精神的総括者の地位に置く、
X.対米従属の「日本型ファシズム」。
3)反対する政党への攻撃の激化
a.非合法化の憲法的根拠の作成化。
b.国会からの排除の実行化(「小選挙区制」への選挙制度の改革)
c.狙い撃ちの実行。
d.謀略作りの実行。
V.我々の課題と展望
1.全般的状況
(1)「九条の会」(2006年6月10日結成)に賛同する団体は、2006年6月10日現在、5174に達した。しかし改憲反対運動が「九条の会」作りとそれに関する運動を中核として展開されていることは、改憲反対運動の弱さともなる。
(2)。改憲反対運動を強くするために、24条の会、25条の会など、もっと多様なテーマの反対運動が必要となる。
a.自民党・公明党の狙いが、「第九条」の廃案と基本的人権及び民主主義の実質的廃棄にある。
b.改憲の到達点は、「日米安保条約」体制を基礎とする「『安保』ファシズム」である。(米国至上主義型米日核軍事同盟体制)。「新憲法草案」は「『安保』憲法」作りである。
(3)国際社会では、自国の憲法の中に、日本国憲法の「第九条」を取り入れようという運動が台頭している。この流れを国民が広めていく必要がある。資料1参照
2.どのように闘うか−具体的な運動
A 憲法改悪反対運動の具体的な提起−1.すべての運動に
1.分裂化した国民の間の「対話」の創造の取り組み。
2.各団体・個人による“星の数”ほどの憲法学習会の設置。
3.運動の場で歌うことのできる“憲法の歌”を作る(各自の、共同の)。
4.“憲法の旗”を作る(各自の、共同の)。祝日に出す。平日に出す。
5.専門性や趣味性を生かした「憲法の会」の設立。“憲法のねずみ講”を作る。
6.憲法の日を決めて、行動を起こす(一人行動、共同行動)。
7.アジア・太平洋地域の人々に、 世界の人々に、「第九条」の意義や日本国民の平和運動の状況を伝える「平和資料・情報センター」を設立する。
8.外国への“おみやげ”に「第九条」(日本国憲法)を持っていく。世界中の憲法の中に、「第九条」を入れるために。
9.日本に来る外国人に、「第九条」(日本国憲法)を渡す。
10.改憲反対署名を国会に届ける。議員に面会して改憲反対を訴える。
11.改憲反対の「意見広告」を出す。新聞に「投稿」しよう。「手紙」を出す。
12.海外の人と「第九条シンポジウム」を開催する。
13.「第九条」のワッペン、シャツ、バッチ、ポスターなどを作り、販売し、活用する。
14.衆議院と参議院の議席の1/3以上の獲得をめざす。自治体を握る。
15.「供託金」の廃止運動、「小選挙区比例代表並立制」の改革運動、一票の価値の平等の要求運動、18歳選挙権の実現運動、選挙運動の自由の実現の取り組みなどを起こす。
15.「改憲阻止国民会議」の結成をめざす。
B 「九条科学者の会」の発展のための行動課題
1.「九条科学者の会」の名を高める。
(1)「新憲法草案」につながる法律の制定や法律改正に、必ず、「声明」を発表する。
(2)「意見広告」を出す。
2.学習会、研究会を全国各地で、九条科学者の会として、また他の運動と協力して開催する。
3.「九条科学者の会」のシンボル作り
(1)「改憲反対意見ポスター」作り。
(2)「九条科学者の会」の「旗」や「バッチ」を作る。
4.「九条科学者の会」の行動日を定める。ビラ配り、街頭宣伝、など。
5.海外の人と「第九条シンポジウム」を開催する。
6.「改憲阻止国民会議」の結成の呼びかけを行う。
---------------------------------------
資料 1 世界のなかでの憲法九条
(A)「第九条の会」(The Article 9 Society::A9S)
チャールズ M..オーバビー氏(オハイオ大学・環境システム工学教授)の主導によって、1991年3月18日に、アメリカのオハイオ州において、創設された。「すべての国の憲法に、日本国憲法の第九条に盛られた諸原則を採択させるという長期的な目標の達成を目指す組織」。1991年5月、「第九条の会・日本事務局」設立(勝守寛 氏)。
(B)ハーグ平和アピール市民社会会議「公正な世界秩序のための10の基本原則」
ハーグ平和アピール市民社会会議(Hague Appeal for Peace Civil Society Conference, May 11-15, 1999) は、会議を終えるにあたって、会議中の討議をとりまとめる「10の基本原則」を発表した。「公正な世界秩序のための10の基本原則」は以下の通りである。
1 各国議会は、日本国憲法第9条のような、政府が戦争をすることを禁止する決議を採択すべきである。
2 すべての国家は、国際司法裁判所の強制管轄権を無条件に認めるべきである。
3 各国政府は、国際刑事裁判所規定を批准し、対人地雷禁止条約を実施すべきである。
4 すべての国家は、「新しい外交」を取り入れるべきである。「新しい外交」とは、政府、国際組織、市民社会のパートナーシップである。
5 世界は人道的な危機の傍観者でいることはできない。しかし、武力に訴えるまえにあらゆる外向的な手段が尽くされるべきであり、仮に武力に訴えるとしても国連の権威のもとでなされるべきである。
6 核兵器廃絶条約の締結をめざす交渉がただちに開始されるべきである。
7 小火器の取引は厳しく制限されるべきである。
8 経済的権利は市民的権利と同じように重視されるべきである。
9 平和教育は世界のあらゆる学校で必修科目であるべきである。
10 「戦争防止地球行動(Global Action to Prevent War)」の計画が平和な世界秩序の基礎になるべきである。
(君島東彦訳)
(C)「NGOミレニアム・フォーラム」が2000年5月22日〜5月26日、ニューヨークの国際連合本部で開催された。この「ミレニアム・フォーラム平和・安全保障及び軍縮テーマグループ」の「最終報告書」(http://disarm.igc.org//millpsd.html)に、「もっとも頻繁にとりあげられた論題及び提案」として、「すべての国が、日本国憲法第九条に表現されている戦争放棄の原則を自国の憲法において採択する」が記録されている。
|